示す作品と照らす作品

言葉遊びでしかないのだが、タイトルのように、「示す作品と照らす作品」という言葉を思いついた。

示す作品は、私にとっては、歴史的な文脈のなかで社会と絡み合いながら新しい方向や視点を「指し示す」作品。

だいたい、示す作品が作りたいと思っているし、エモーショナルに人に勧めてしまうのは示す作品だ。

一方で、普段は照らす作品を作っていると思っている。

示す作品だけを作りつづけるのでは、撮り逃してしまうような視点だったり、または、作家として勇気がもらえるような作品。またはパワーに満ち溢れていたり、地道な作品。

こういう照らす作品も作れた時はうれしい。

示す作品は、やはり、状況や運が絡み、実力以上のものを作ってしまうような作品だと思う。

例えば、新大久保ブーメラン反魂香のような。

そして、照らす作品は、Achelaインタビューをあまりせずにライフワーク的に作るマスクの作品だろうか。

オーストラリアの火災やコロナウイルスに対して、アクションしようと、例えば防護服やマスクのアイディアも出てくるのだけど、まずは小さく照らす作品を作りたい。本当は欲を出して示す作品を作りたいが、私はその土台がまだできていないと思う。

照らす作品で道となる土を耕しながら、示す作品に出合う瞬間をじっと待つのだ。