アメリカの風景

ディスタント

ディスタント

那覇や大阪や夢の中の風景。

それは、目まぐるしく変わる、[動く風景]だ。過去を語っていくようでいて、会話では今行われているように語られるので「今向き合っているかのように」あるいは「現実に引き戻される」。

自分が見た風景だけではなく、動く風景、例えば、父の見た風景も見るように、ぽつりぽつりと語られる。でも止まらない列車のように話は進む。

当然、ミヤギさんに重ね合わせて読む…、けど、色々と混ぜてあるはず。過去への後悔の感覚。

大人になって手に入れた、自分を慰める技術を、子供の時に既に持っていたら良かったのにな、という、切ない気持ちになる。

取り返しがつかないことを経てからしか、「そんなこと考えても仕方ない」と自分をなだめすかす技術は培われないし、相手の見る風景を想像する力も伴わないのだろう。

使い古された言葉ではあるけど、相手への想像力を持つ、ということについてを考えた。