ディスタント

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📘の紹介 「ディスタント」の中の『アメリカの風景』

①那覇や大阪や夢の中の風景。それは、目まぐるしく変わる、[動く風景]。過去を語っていくようでいて、会話では今行われているように語られるので「今向き合っているかのように」あるいは「現実に引き戻される」、浮遊した心地にさせられる。

②自分が見た風景だけではなく、動く風景、例えば、父の見た風景も見るように、ぽつりぽつりと語られる。でも止まらない列車のように話は進む。

③1日の中で色々なことをする主人公。当然、ミヤギさんに重ね合わせて読む…、けど、色々と混ぜてあるはず。勝手に「絶望」する。過去への後悔の感覚。「反省」ではない。なぜなら、もう一度行われることは永遠にないから。未来のない、改善しようのないものは反省出来ない。

④だけど、取り返しがつかないことを経てからしか、「そんなこと考えても仕方ない」と自分をなだめすかす技術は培われないし、相手の見る風景を想像する力も伴わないのだろう。大人になって手に入れた技術を、子供の時に使えていたらいいのに。(でも、それなら使わなくてもいいのだ)

アメリカ紀行

『アメリカ紀行』小説のように読んだ。梨木香歩さんの『春になったら~』のようなリズム感。共感ではない形の、無関係な入れ替わり体験のようなことについて書かれたところが特に印象に残った。また、正しさのパッケージについてや地鎮のような礼儀についても。最後の章の特殊なリズムも。

健康な街。見えているものをできるだけ多く語ることで、語りきれなかった見えていないものが見えてくる

健康な街 プライベイトもとてもよく、小林さんのマッチポンプみたいな作りも、下山さんのある志向への目線も、五十嵐さんの街をネガでみるとこうかもという感じも、そして…

小林さん

マッチポンプと書いたけど、水が汚れ続けるということは、生活の場が息をしていないようになってしまうことに通じるように思う。新しい水を巡らせたり、引き入れたりするにはどうしたらいいのか、考えた。

慈さん

寝転がって映像を見てパフォーマンスを体験して、(私の体験は少し特殊バージョンだったか、私が脳内で別の体験を展開させてしまったかのどちらか) 私たちは私たちの住んでいるところを健康で当たり前のところだと思っていたけど、簡単に崩壊し、あらゆる階層から見た街があり、わかりあいづらい、または、解り合うにはまだ遠い、それぞれのネガみたいなものを見せつけられながら、プライベートな場所から、また私だけのプライベートな場所へと帰る体験をするのだった

五十嵐さん

さらっとやってるけどすごくない?大変な搬入ですよこれは。そして、やはり文章もいい。ぱっと見たときに、前回の慈さんの展示を思い出した。レールっぽいから?ネガになってしまった街って感じがする

下山さん

健康な街の下山さん、「要素が多い」みたいなことを伝えてしまったけど、要素が多いんじゃなくて、こんなに語りつくしてもまだ語りつくせない遠さについて語っていたのかもしれない。 ゆっくり、様々な視点に潜って、様々な手がかりを掴んで見せてくれる彼女の物質を眺めてはじめて、「それでも語られなかったネガの部分」に光をあてると言うのが、鑑賞者として、生活に帰ってから(この体験を持ち帰ってから)できることなのかもしれないな。

「要素が多い」というのは、私がよく言われることでもあります。

情報

タイトル:「健康な街@プライベイト」

2019.8/2(金)~8/12(月)平日 17-20 土日祝日 13-20

https://2019private.amebaownd.com/